トルコの偉大な父とトルコの大地 − アンカラからカッパドキア


5月6日(金) 晴れ後曇り時々にわか雨

早朝、アザーンで目が覚める。
中東の国だなあ、としみじみ思う。
朝早く6時半にホテルを出発して飛行機でアンカラへ移動する。
アンカラには9時頃着。

まず、アナトリア博物館を見学。
旧石器時代からフリギア時代の内陸部の遺跡からの出土品が並ぶ。
新石器時代の土器などは、テヘランで見たのと似たようなのがあって面白い。
ヒッタイト時代のハトシャシュのレリーフは圧巻だ。
ペルシアのものとはやはりデザインが違う。
しかしこちらにも明らかにエジプトの影響を受けたと思われる有翼像があって、当時のエジプトは諸外国に影響を与えてたんだなあと感心した。
それから、クベレと呼ばれる女神像が石器時代からフリギア時代まであって、根強い大地母神信仰が感じられた。

その後、アタチュルク廟へ。
トルコ人の敬愛するトルコの父ケマル・アタチュルクの廟墓を見学する。
廟前で行列を作って待つ人々は皆、手に捧げる花を持っていた。
土曜日なので人は多い。
私たちも並んで中に入り、壮大な大理石の宮殿のような建物を見た。
中も総大理石造り。ただ装飾はあまりない。
棺も大理石で奥まったところに鎮座していた。
要人が来るとかで、入ってすぐに追い出されてしまったのが残念だった。
偉大な国父の廟となるとこれだけ巨大なものになるのか、と感心したが、共産国のようなピリピリ感は感じられない。
レーニン廟も外から見たことあるけど、警護の兵隊さんに敬わなきゃゆるさん!みたいな緊迫感があって、のんびり見学なんて雰囲気じゃなかった。
でもここはなんとなくのんびりした雰囲気が漂っている。
もちろん兵隊さんはピシッとしているが。
見学の後、トイレに行ったら、小学生の女の子たちに囲まれた。
写真を撮らせてくれとせがまれたが、日本人がそんなに珍しいのか?
しかし、小学生なのにケータイのカメラ構えているのだから、どの国も時代は変わったというべきか。

アンカラの見学はこれでおしまい。
バスでカッパドキアに向かう。
1時間ほど走って、ドライブインにて昼食。
ギョズレメというクレープと肉と野菜の鉄板焼き。
今回のトルコツアーは世界三大料理の一つと称されるトルコ料理も楽しみだったので、さっそくのトルコらしい料理に喜んで舌鼓を打つ。
うまかった。
なんつーか、小麦粉料理が充実しているのだよね、トルコって。

途中、トゥズ湖という塩湖に立ち寄って、バスは草原の中をひた走る。
赤や黄色の花が咲き乱れ、牛や羊の放牧も見られるのどかな風景。
シルクロードの旅といえば、砂漠や乾いた風景ばかりだった。
でもここはもう乾いていない。
そうだ、西の果てに来たのだから。

だが、カッパドキアはまた全然違った風景だった。
石灰岩の奇岩がにょきにょきと乱立し、その岩も穴だらけ。
なんとも不思議な光景なのだ。
もう夕方なのでさっそく夕日に谷がバラ色に染まるというローズバレーを見に行ったが、あいにくの曇り空で、丘の上から見渡すとんがり岩に埋め尽くされた谷や浸食された崖は、寂しいモノトーンの淡い闇に沈んでいた。
でもそれはそれでなかなか面白い光景だった。
そうこうしているうちに、落日直前、雲の切れ間からとろけるように真っ赤な夕日がチラって見えて。その赤さに感動してしまった。
それだけで満足したローズバレーだった。

ホテルは洞窟ホテルとのことだが、洞窟をそのまま利用しているのは半分くらいであとはその外側に建物が造り付けられている。
私の部屋はくじ引きでなんとスウィート。
素朴な半洞窟のスウィートなんてそうそう体験できるもんじゃない。
広すぎて落ち着かなかったけど、堪能させていただきました。


ハトシャシュのレリーフ
ハトシャシュのレリーフ

アタチュルク廟
アタチュルク廟

昼食のギョズレメ
昼食のギョズレメ

カッパドキア・ローズバレー
カッパドキア・ローズバレー

- continue -

2008-8-26